700ワットのチップが、1400ワットの巨人を凌駕した。
8月25日、OpenAIは「Hot Chips 2026」にて、自社開発の推論専用チップ「Jalapeño(ハラペーニョ)」の初のベンチマーク実測データを公開した。SemiAnalysisのInferenceXベンチマークによると、JalapeñoはキロワットあたりのトークンスループットでNVIDIA Blackwell GB300の1.5倍から1.9倍を記録し、エンドツーエンドのレイテンシを1.7倍から3.6倍削減した。競合の半分の消費電力でより高い出力を叩き出したこの結果の本質は、数値そのもの以上に、「AI計算資源の競争軸が『処理速度の絶対値』から『ワットあたりのトークン産出量』へと密かに切り替わった」点にある。
図:Jalapeñoチップの公式メインビジュアル。出典:OpenAI
通常3年かかる工程を16ヶ月で完了
Jalapeñoは、OpenAIがBroadcomと共同設計した推論専用ASIC(特定用途向け集積回路)である。TSMCの3nmプロセスを採用し、第4世代高帯域幅メモリ(HBM4)を搭載、熱設計電力(TDP)は約700Wとされる。2024年中頃に設計がスタートし、2026年6月の公式発表を経て8月に実測データが公表されるまで、全工程は約16ヶ月。半導体業界の慣例では、ゼロからのASIC開発からテープアウト(設計完了)までは最低でも3年を要する。
SemiAnalysisはこの開発スピードを「AIツールによるチップ設計加速の実証」と評価している。つまり、AIツールがチップ設計パイプラインそのものを大幅に圧縮したということだ。半導体業界において16ヶ月というタイムラインは異例中の異例である。発表会現場では、Codexのプロンプトを用いて移植された『Doom』を本チップ上で動作させるデモも披露された。これはJalapeñoが特定の自社モデル専用ではなく、任意のモデル重みを処理できる汎用的な推論エンジンであることを示している。
なぜ絶対性能より「エネルギー効率」が重要なのか
Jalapeñoの成果の重要性を理解するには、現代のデータセンターが抱える最大のボトルネックを知る必要がある。
Jensen Huang(ジェンセン・フアン)氏はComputex 2026において、「1ギガワットの電力があるなら、ワットあたりのスループットこそが収益になる」と語った。SemiAnalysisの分析はさらにストレートだ。「今日のデータセンターは電力によって制約されている」。電力網への接続申請の順番待ち時間は、物理的なデータセンターの建設周期をはるかに超えている。xAIがColossus 2クラスタへの給電のために自前のガスタービン発電機を設置せざるを得なかった事実こそが、この問題の深刻さを物語っている。資金は投入できても、送電網は一朝一夕には接続できない。
このような状況下において、「1ワットあたり何トークン産出できるか」はそのまま「1kWhの電力からいくらの収益を生み出せるか」に直結する。 Jalapeñoが半分の消費電力で1.5〜1.9倍のスループットを実現したことは、同一電力枠で比較した場合、その差がさらに広がることを意味する。OpenAIがエネルギー効率を主戦場に選んだのは、それが現実の制約下で勝利できる戦いだからである。
ベンチマークの評価と留意点
図:InferenceXベンチマークにおける各チップのメガワットあたりトークンスループット比較。Jalapeñoが全面的なリードを見せている。出典:SemiAnalysis / OpenAI
目覚ましい実測値の一方で、SemiAnalysisは留意すべき3つのポイントを挙げている。数値の理解には、これらへの目配りも欠かせない。
第一に、すべてのデータはOpenAI自身によって提示されたものである点。SemiAnalysisのチームはラボを訪問し、実機上でInferenceXベンチマークが動作していることを確認したが、独立したフルテストを実施したわけではない。第二に、より公平な比較対象はBlackwell GB300ではなく、同じくHBM4を採用するNVIDIA Vera Rubinである点。Rubinはすでに出荷が始まっているのに対し、Jalapeñoは現時点でエンジニアリングサンプル段階にとどまる。第三に、テストに使用されたモデルは現時点で最大規模のフロンティアモデルではなく、適用範囲に限界がある点だ。
さらに特筆すべき技術的詳細がある。Jalapeñoの今回の数値は、投機的デコーディングやPrefill-Decode分離を行わない「単一トークン予測(STP)」モードで測定されたものだ。対する競合チップ群は、各社最適化設定に加え「複数トークン予測(MTP)」を有効にした状態で測定されている。JalapeñoのSTPによるスループットは、NVIDIAが7月に公表したVera RubinのMTP数値を上回っており、OpenAIにはまだ引き出し(最適化の伸び代)が残されていることを示唆している。
NVIDIAの「堀」が顧客の手によって内部から穿たれた
かつてOpenAIはNVIDIAにとって最大級の顧客の一つであった。そのOpenAIが、エネルギー効率の次元でNVIDIAのフラッグシップを凌駕するチップを自ら開発し、比較データを公開したのである。
この出来事が持つ構造的意義は、単なる技術的成果にとどまらない。半導体産業は長年、巨額の資本と長い時間を要する参入障壁に守られてきた。3年の開発周期、数十億ドル規模の投資、歩留まりリスク。これらが組み合わさることで「自研する余裕のない顧客はNVIDIAを買うしかない」というNVIDIAの護城河(掘)が形成されていた。Jalapeñoの16ヶ月でのテープアウトは、「3年周期」という壁を崩してみせた。AIツールの補助があれば、この堀をより短時間で飛び越えられることをOpenAIは証明したのだ。MicrosoftのMaia、GoogleのTPU、AmazonのTrainiumなども同様の取り組みを進めているが、今回のOpenAIほど直接的かつ公然と挑んだ例はない。
モデル開発企業によるチップ自研は、本来NVIDIA依存からの脱却とコスト削減が主目的であった。しかしJalapeñoのデータは、それが単なるコストコントロールを超え、エネルギー効率という新たな戦場で正面から競合し得るレベルに達したことを物語っている。
Jalapeñoのエンジニアリングサンプル上では、DeepSeek R1が単一コンカレンシーで700+ tokens/s/user、Kimi-K2.5およびGPT-OSSは約1400 tok/s/userを記録し、GSM8k精度でもNVIDIAチップと同等を示した。これらは試作段階の数値であり、量産段階ではさらなる最適化の余地が存在する。
ゲームのルールは変わった
Jalapeñoはまだ量産製品ではない。エンジニアリングサンプルであり、比較対象の選定には議論の余地があり、数値もOpenAI自身の提供によるものだ。これらの慎重論はすべて正当である。
しかし本件は、AI計算資源の競合軸が本質的な移行を遂げたことを十分に示している。「どちらのFLOPsが大きいか」から「どちらがより少ない電力で多くのトークンを生成できるか」へ——この移行はマーケティングではなく、データセンターの物理的制約によって引き起こされたものだ。NVIDIAはこの新たな軸においてこれまで敵なしであったが、Jalapeñoの登場により、初めて自らの顧客層から正面切っての挑戦者を受けることとなった。次の問いは明確だ。OpenAIの自研チップが量産化され、他の大モデル企業がこれに追随したとき、この新しい競合軸のなかでNVIDIAの価格決定権は狭まっていくのだろうか。
参考リンク:
- SemiAnalysis: OpenAI Jalapeño - Better Than Nvidia Blackwell
- OpenAI 公式ブログ: Jalapeño’s first results show industry-leading performance
- Tom’s Hardware: OpenAI’s 700W Jalapeño ASIC outpaces 1,400W Nvidia flagship
- TechCrunch: OpenAI’s Jalapeño chip is built for fast inference at scale
- HN ディスカッション (item?id=49434378)