バレンタインデーの花屋で、高価な青いバラを見かけたことがあるかもしれない。しかし、茎に触れたり、生けられた花瓶の水を見たりすれば、水はうっすらと青く染まり、緑の葉にも色むらのある青い染みが残っていることに気づくだろう。
市場に出回る青いバラのほぼすべては、白いバラに染料を吸わせて着色したものだ。バラの遺伝子プールには青い花を咲かせる分子的基盤が欠けており、数十年間にわたり人工的な染色が唯一の代替手段であり続けた。
サントリーグローバルイノベーションセンターは、京都で開催された第32回国際園芸学会議(IHC2026)において、真の遺伝子組換えによる青いバラを発表した。その花色はカラーチャート上で「バイオレットブルー(青紫色)」に達し、園芸学において高純度の青い花を定義する重要な指標をクリアした。
店頭に並ぶ青いバラはインクを吸わせただけのものだった
植物の世界において、青い花を咲かせるのは決して容易ではない。アサガオやアジサイは鮮やかな空色を誇るが、バラ、ユリ、チューリップは生まれつき青色とは無縁だった。
バラの花弁細胞には重要な酵素が欠けており、植物体内で青や紫の発色を担う基本アントシアニンである「デルフィニジン」を合成できない。育種家たちが何千回もの交配を重ねても、作り出せたのはせいぜい薄紫色のバラにとどまった。
市場の需要に応えるため、生産者は収穫後の切り花の茎を青い色素溶液に浸し、導管を通じて花弁の縁まで染料を行き渡らせてきた。しかし、この人為的な染色は花弁の脱水を招きやすく、独特の刺激臭を残す原因にもなっていた。
青色色素遺伝子の導入だけでは淡い紫色にとどまった
解決策は一見シンプルに思えた。他の青い花から色素遺伝子を切り出し、バラのゲノムに組み込めばよい。サントリーの研究チームが青いバラの開発に着手したのは、1990年のことだった。
2004年、研究陣はフウリンソウ(カンパニュラ)の青色色素遺伝子を淡いピンクのバラに導入し、世界初の遺伝子組換え「青いバラ」の作出に成功した。だが、実際に咲いた花はラベンダーのような淡い紫色であり、純粋な青とは程遠いものだった。
サントリーは2009年にこの淡紫色のバラを「APPLAUSE(アプローズ)」ブランドとして製品化した。この挑戦は植物学者たちに重要な教訓を与えた。バラに青い色素の原料を流し込むだけでは、花弁を真の青に染めることはできないということだ。
図:京都の温室で育成された青紫色のバラのクローズアップ。出典:Science News
花弁に無色の補助分子を加えることが発色調整の鍵
研究チームは細胞内部の化学環境に目を向けた。デルフィニジンなどの青色色素は、酸性の強いバラの液胞内では不安定で、自然と赤紫色へと変色しやすい。
またバラには、色素合成酵素だけでなく、「フラボンC-配糖体」と呼ばれる遺伝子も欠けていた。これはそれ自体が無色でありながら、学術的に「助色分子(コピグメント)」と呼ばれる補助的な分子だ。助色分子は無色の盾のように色素分子と強く結合し、液胞内で色素を安定化させるとともに光の屈折や吸収特性を変化させる。
無色の補助分子をバラに加えることは、花色改良の設計思想を「色素の置き換え」から「分子レシピの調合」へと進化させることを意味していた。青の深みや純度は色素と周囲の分子との相互作用によって決まり、青色色素を単独で入れても紫色にしかならないからだ。最新の成果において、科学者たちは4つの外来遺伝子を同時に導入した。1つはカンパニュラ由来で、より安定した青色アントシアニンであるマルビジンを生成する遺伝子。残る3つはトレニアおよびエゾリンドウ由来で、助色分子であるイソオリエンチンを合成する遺伝子である。
4遺伝子の組み合わせがコロンビアの花畑で3年間安定開花
実験において、花弁細胞内の助色分子イソオリエンチンの割合が高まるほど、花色はより鮮やかな青へと近づくことが確認された。この現象は、分子間相互作用が花の発色を決定づけるという事実を裏付けるものとなった。
この技術は試験管の中だけに留まらなかった。京都の温室で7年間にわたり継続的な観察が行われ、季節の移り変わりによって花色が退色しないことが実証された。
商業栽培の実現可能性を検証するため、チームは苗木を世界有数の切り花輸出国であるコロンビアへと持ち込んだ。屋外の開放圃場で3年間にわたり連続栽培した結果、バラは安定して青紫色の花を咲かせ続け、優れた耐病性も示した。
図:コロンビアの屋外試験圃場で進められたバラの栽培試験。出典:Science News
単一遺伝子から分子間相互作用の精密設計へ
1990年のプロジェクト始動から2026年の成果発表まで、36年間にわたる研究は植物の花色改変のあり方を根本から変えた。36年という年月は、一世代の園芸家が青年期から引退を迎えるまでの歳月に匹敵する。
過去数十年間、花の遺伝子工学は特定の単一遺伝子を探し出し、色素を置き換える手法に依存してきた。研究を主導した伊藤正太郎氏は、今回のブレイクスルーの本質は、色素とそれを取り巻く分子との相互作用に着目した点にあると指摘する。
バラが青く咲くためには、色素と無色の助色分子が調和した組み合わせが不可欠である。分子間の相互作用を精密に設計できるようになれば、これまで自然界では不可能と信じられてきた色彩の組み合わせが、遺伝子ツールを通じて次々と現実のものとなっていくだろう。
参考リンク:
- Finally, a true blue rose exists — Science News
- Beyond the “World First”: Opening Up New Possibilities for “Blue” in Roses — Suntory Global Innovation Center