2024年から2025年にかけて、米ノースイースタン大学の研究チームは消費者団体のコンシューマー・レポート(Consumer Reports)と共同で、独立調達すれば120万ドル以上を要する新車21台の実車検証を実施した。研究者たちはセルラー通信を完全に遮断できる車載用ファラデーテントに車両を運び込み、トラフィック監視環境を構築するとともに、各社が提供する30のコンパニオンアプリを詳細に解析した。その結果、検証した21台のうち19台が、ドライバーに無断で広告・トラッキング企業へデータを送信していたことが明らかになった。
コネクテッドカーの真のビジネスモデルは、オーナーの個人データを自動車メーカー自身の商材に仕立て上げ、デジタル広告エコシステムへ転売することにある。この仕組みにおける「同意」は完全に形骸化しており、ドライバーはすべての利用規約を受け入れるか、車両の主要な機能を諦めるかの二者択一を迫られている。
120万ドルを投じて暴いた情報のブラックボックス
自動車メーカーのバックエンド通信に関する決定的な証拠を押さえるには、莫大なコストがかかる。同一メーカーであっても車種ごとにネットワーク上の挙動は大きく異なり、ドライバーがブランド名から自身のプライバシー状況を推し量ることは不可能だ。そのため研究チームは、19ブランド21台を網羅する実車テストを選択せざるを得なかった。この車両群の調達にかかる推定費用は120万ドルを超える。
図:約93dBの電波減衰性能を備え、EV11台のセルラー通信を物理遮断するために使用されたファラデーテント(Faraday tent)。出典:Northeastern University Automatic Transmission 研究
本物の通信先を浮き彫りにするため、テストでは物理的隔離の手法が採用された。研究員は車両を約93dBの減衰性能を持つファラデーテント内に配置してセルラー通信を完全に断ち、車両側の通信をRaspberry Piで構築したテスト用Wi-Fiアクセスポイント経由に強制的に迂回させた。tcpdumpを用いたパケットキャプチャにより、暗号化通信であってもパケットの全宛先ドメインが完全に白日の下に晒された。
一方スマートフォン側では、iPhoneに独自のルート証明書をインストールし、mitmproxyを用いてトラフィックを復号した。30本の自動車メーカー製アプリが持つ全機能を実行したところ、傍受された平文データから、もうひとつの監視ネットワークの全容が浮かび上がった。
コンパニオンアプリの導入で倍増するトラッカー
自動車メーカーが積極的に利用を促すスマートフォン向けコンパニオンアプリは、実質的に広告トラッカーの正面玄関と化していた。検証した30のアプリのうち7つが、広告・トラッキング関連のサードパーティ企業へ機微な識別子を直接送信していた。これらの識別子には、車両識別番号(VIN)、メールアドレス、電話番号、さらには精緻な現在地データまでが含まれている。
図:コネクテッドカーエコシステムにおけるデータフロー。車両本体とコンパニオンアプリの双方がファーストパーティおよびサードパーティのサーバーへデータを送信。実線は実験で実際に傍受されたトラフィックを示す。出典:Northeastern University Automatic Transmission 研究
コンパニオンアプリを導入すると、車両が広告トラッキング企業に晒される度合いは平均して約2倍に跳ね上がる。Cadillac Lyriqではデータ送信先が26社増加し、Chevrolet Blazerで23社、Toyota Corolla Crossでは25社も増加した。送信先リストには、Google、Meta、Microsoft、さらにはAcxiomなどの大手データブローカーが名を連ねていた。
ドライバーはエアコンの事前起動やリモートロックのためにアプリを使っているつもりでも、アプリ側は車両の移動履歴と個人の識別情報を紐付け、広告データベースへ送り込んでいる。データがデバイスから離れた瞬間、消費者はその行方に対する一切のコントロールを失うことになる。
追及に対してメーカー各社は「責任転嫁」で足並みを揃える
確固たる実測証拠を得た研究チームは、調査対象となった自動車メーカー17社に対して責任ある開示手続きを行った。しかし返ってきた回答に通底していたのは、「ソフトウェア定義車両のデータ管理は消費者の責任である」という徹底した責任転嫁の姿勢だった。
14社がサードパーティとのサービス契約に責任をなすりつけ、5社は「アプリ内蔵ブラウザの挙動に過ぎない」と言い逃れを図った。さらに7社は、消費者がこうしたデータの送信先に対して自ら責任を負うべきだと明言した。例外的に前向きな対応を示したのはHondaのみであり、報告を受けた同社はユーザー追跡に関わるサードパーティへの正確な位置情報送信を停止する措置を講じた。
車を売る際には先進的なコネクテッド機能を誇らしげに喧伝しながら、不正なデータ送信が露見するや否やサードパーティや消費者に責任を転嫁する。自動車メーカー側には、自らが車内に組み込んだコードの安全性とプライバシーに対して責任を負う覚悟など毛頭ない。
形骸化した「同意」と選択の余地なきデジタル囲い込み
現在のコネクテッドカーエコシステムにおいて、ユーザーが署名を求められるプライバシーポリシーは著しく不公平な選択肢でしかない。ドライバーの前に残された道は、懸念を押し殺して全規約を受け入れるか、リモート起動やアプリ連携といった実用機能を諦めるか、さもなくばその車の購入を断念するかの三択だけだ。
これは決して真のインフォームドコンセントではなく、実質的なデジタル人質拘束である。自動車メーカーがハードウェアの機能制御と引き換えにプライバシーの売り渡しを強要するとき、クルマはもはや純粋な移動手段ではなくなる。手に入れたすべてのスマートな利便性は、あなたの日々の移動軌跡という代償で支払われている。
関連リンク:
- Automatic Transmission
- Hacker News の議論 (item?id=49926628)