「AIが勝手に盗用した」:2026年版「宿題を犬に食べられた」の言い訳
8月9日、開発者のテリー・ゴディエ(Terry Godier)氏が、ラテン語で「私の過ち」を意味する「Mea Culpa」と題した謝罪文を公開した。同氏がリリースしたばかりの天体観測App「Dark Hours」が、別の開発者ミゲル・ベエール(Miguel Beher)氏のオープンソースプロジェクトを、名前からコードに至るまでほぼ丸ごと複製していたことを認めたのだ。ベエール氏が過去に修正したバグまでもが、コード内に寸分違わず残されていた。
ゴディエ氏の弁明は「元となったプロジェクトを見たこともなく、AIコーディングアシスタントのClaudeが偶発的に複製したものだ」というものだった。
この謝罪文は同日、海外のテックコミュニティHacker Newsで首位に浮上し、530ポイント以上の評価と244件のコメントを集めた。コメント欄の大多数の反応は冷ややかで、「信じられない」の一言に尽きる。あるユーザーは、「これは学生の『宿題を犬に食べられた』という言い訳と同じだ。ただ2026年現在、その犬の名前がAIになっただけだ」と揶揄した。
占星術Appの審査落ちから始まった「濡れ衣」劇
事の発端は8か月前にさかのぼる。今年1月、ゴディエ氏はAppleのApp Storeに占星術やタロットカードを主とした「Asterly」というAppを申請した(「今日のタロット」などの機能を備えていた)。Appleのガイドラインは占い系アプリの掲載を明確に歓迎しておらず、Asterlyは拒絶された。4月に行われた再審査請求も却下された。
同氏の説明によると、審査落ちの後、内容を天文学方向に変更し、まずウェブサイトとして「Dark Hours」を構築、8月初旬に公開した。それと同時に、Appleコミュニティで最も影響力のある著名ブロガーのひとり、ジョン・グルーバー(John Gruber)氏(ブログ執筆歴24年)に連絡を取った。
図:Hacker Newsの当日トレンド投稿、530ポイント・244件のコメント。出典:news.ycombinator.com
8月7日、グルーバー氏は「今週のApp Storeの冤罪:Dark Hours」と題した記事を投稿し、Appleが正当な天文学Appを占星術Appと勘違いして誤ってリジェクトしたと激しく批判した。記事公開前、同氏は下書きをゴディエ氏に送って確認を求めたが、ゴディエ氏から異議申し立てはなく、感謝の言葉だけが返ってきた。
展開が急変したのは8月8日だった。ネットの有志が完全なタイムラインを暴き出したのだ。Appleに拒絶されたAppは占星術アプリのAsterlyであり、ゴディエ氏のいう「巻き添えを食った天文学App」は審査バージョンすら提出されていなかった。同日、ベエール氏はSNS上で、ゴディエ氏のDark Hours shared自身オープンソースプロジェクト「DarkHours」とほぼ同一であることを指摘した。名前の違いはスペースの有無だけで、機能も酷似し、さらにベエール氏がすでに修正済みのバグ(ユーザーがメキシコのランダムな野原へとナビゲートされる現象)までそのまま残っていた。
8月8日の夜、グルーバー氏は記事を撤回した。同氏は撤回声明の中で、24年間のブログ執筆の中で記事を取り消すのはこれが初めてであると明かした。「私は誤導されたが、何を公開するかは自分自身の責任だ」。8月9日、ゴディエ氏は謝罪文を発表し、ドメインをベエール氏の本家サイトへリダイレクトさせ、iOS開発計画を断念した。
図:グルーバー氏の撤回声明。タイトル直訳「今週のApp Storeの冤罪:実際には正しい拒絶だった」。出典:daringfireball.net
3つの破綻:偶然にも限度がある
なぜコミュニティは彼の説明を受け入れなかったのか? 3つの矛盾が重なったからだ。
1つ目は「名前」である。2人の開発者がそれぞれ類似した機能のアプリを作ることはあり得る。だがアプリ名まで重複する確率は極めて低い。さらにそれが「スペース1個分の違い」となれば、確率はゼロに等しい。
2つ目は「バグ」である。プログラムのバグは、開発者が残した指紋のようなものだ。2人が別々にコードを書いて全く同じバグを生み出す確率は、全く同じ文章を書き上げる確率よりも低い。ましてベエール氏のバグはとっくに修正されていた。「相手が何を修正したか」まで含めて丸コピーしたことになる。機能は偶然一致しても、バグは一致しない。
3つ目は「動機」である。占星術Appが拒絶された後、彼には汚名返上のための「ま当な天文学App」が必要だった。そして目の前には、手頃で無料、かつクオリティの高い既存作品が存在していた。オープンソースとは「コードを公開し、原作者の署名を保持することを条件に誰でも利用できる」ことを意味する。名前ごと持ち去り、一切の説明を加えずに原作者のフリをして宣伝することは、「利用」とは根本的に異なる。
図:ベエール氏のオープンソース天体観測計画ツール DarkHours(スペースなし)。フッターにMITライセンスと作者表記。出典:darkhours.app
なぜ「AIのせい」という弁明が重宝されるのか
AI時代になり、新たな課題が生じている。コードがAIによって生成されるようになったことで、「著者」の概念が曖昧になりつつあることだ。開発者は「AIが何を書いたのか自分は知らなかった」と言い逃れができる。AIの学習データに元のコードが含まれており、モデルがそれを記憶して再現した可能性は否定できないため、この弁明を反証することは難しい。
これこそが、この話術の「都合の良さ」である。AIには人格も資産もなく、裁判所に出廷することも反論することもない。批判してもAIは傷つかない。責任追及の鎖はAIのところで途切れてしまう。
しかし、本当に責任の鎖は切れたのだろうか? Hacker Newsのトップコメントの1つは皮肉を込めてこう書いている。「AIは責任を負うことができない。だから将来、最も引っ張りだこになる職業は『プロの身代わり(責任取り担当)』だろう。会社で問題が起きた時、AIの代わりに責任を取る人間を雇うのだ」。これはジョークだが、本質を突いている。ツールに責任はない。責任を負うのはツールを使う人間である。
別のコメントは過去の事例を挙げた。ギター弦大手のD’AddarioがAI音楽ツールSunoを使って広告曲を作成し、音楽ファンに見破られた際、最初は「マスタリングソフトによる改変だ」と主張し、それが破綻すると「従業員が会社に無断でAIを使った」と前言を撤回した。しかしその従業員は「最初からSunoを使ったと報告していた」と反論した。責任の擦り付け合いは、責任を押し付けられる相手がいなくなるまで下の階層へと続いていく。
**「AIのせい」は、現代版の「宿題を犬に食べられた」に過ぎない。**犬は口を聞けないし、AIも反論しない。反論できない生贄を選ぶことこそが、この話術の共通点である。
コードを書かない人にも無関係ではない理由
プログラマー同士の盗用劇は、毎日スマホを使っている一般ユーザーにどんな関係があるのだろうか? 想像以上に大きな関係がある。
第一に、スマホの中にあるAppが、思っている以上に粗悪な複製アプリである可能性が高まっていることだ。生成AIによってアプリ開発の限界コストがほぼゼロになり、アプリストアには粗雑な模倣品が増え続けている。ほぼ同じ見た目のAppが並んだ時、どちらがオリジナルかを見極めるのは困難だ。コピー品には原作者がすでに修正したバグが含まれていた、未知のデータセキュリティリスクが潜んでいたりする可能性がある。
第二に、「AIのせい」という弁明が社会の信頼を蝕んでいることだ。AIが万能の言い訳になると、あらゆる説明が疑わしく見えてくる。人の信頼性を判断するには、言葉よりも行動を見るべきだ。今回のゴディエ氏の行動はどうか? 非公開化、リダイレクト、謝罪。行動自体は事実だが、「私が間違っていた」という言葉は、悪事が暴かれた後にしか出てこなかった。
第三に、AIは「責任」の定義を再構築している。かつては、作品を誰が書いたかは明白だった。現在ではAIが書いたものと人間が書いたものが混在し、署名だけが最後の手がかりとなっている。署名をした者が責任を負う。「AIがやった」とサインした人が書いたのも、結局は自分自身の名前なのだ。
双主張の言い分とそれぞれの論理
公平を期すために双方の視点を整理しよう。ゴディエ氏を擁護する側はこう言う。「AIの学習データには大量のオープンソースコードが含まれており、モデルが高度に類似した内容を再現する可能性はある。決定的な証拠がない段階で彼を嘘つきと断定するのは軽率だ。最終的にアプリを取り下げ、謝罪した姿勢は、開き直る人々よりはるかに誠実だ」。
疑いの目を向ける側は反論する。「名前、バグ、動機の3つの偶然が重なる確率は絶望的に低い。また、グルーバー氏に原稿チェックを依頼した際、占星術Appの前科について一言も触れなかった沈黙を『単なる失念』で説明するのは苦しい」。
筆者にはどちらの主張が真実かを裁く能力はない。だが、1つだけ明確なことがある。「AI生成ツールを使った」ことが事前の確認義務を免除する理由になるなら、AIが書き出したすべてのエラーに対して「自分は知らなかった」と主張する無実の人間が現れることになる。自身の成果物を検証することは、もともと著者の義務である。ツールが変わっても、その義務が変わることはない。
おわりに
筆者に誰かを罪に問う意図はない。この事件から記憶留めるべきなのは、至ってシンプルで素朴な言葉だ。「AIはあなたの代わりにコードを書くことはできても、あなたの代わりに責任を負うことはできない」。ツールが強力になればなるほど、使う人間は自分が何を出力したのかを自覚しなければならない。次に「AIがやった」という言葉を耳にした時は、こう問いかけてみてはどうだろうか。「では、あなたは何をしていたのですか?」と。
参考リンク:
- Terry Godier ブログ: Mea Culpa – Dark Hours
- HN 議論 (item?id=49231154)
- daringfireball: John Gruber 関連記事
- daringfireball: 撤回記事 Retraction(2026-08-08)
- darkhours.app: Miguel Beher のオープンソースプロジェクト本家
- HN コメント転載: D’addario Suno 広告曲騒動の経緯